バードウォッチングと嬉しい出会い

友人とバードウォッチングへ 自然のこと

子供の頃、ツバメの巣の雛を見ては「育ててみたい」という衝動に駆られ、親鳥が餌を持ってきて雛が出てくるのを陰に隠れて眺めていた。
落ちていた雛を見つけた時は自分が親代わりになったように育て、息を引き取った時は息が苦しくなるほどに泣く。

通学路ではいつも友達と鳥や昆虫・爬虫類や両生類を探し、図鑑を買ってもらっては色々と調べてみる。飼えるものは飼育してみたり、世代をつなぐ姿を目の当たりにしたり、命途絶える時の悲しさを体感したり。
そうして自然という大きな博物館のような中で遊び学習して、命の尊さや自分たちの無力さや残酷さも体験する。
理由は分からないが、きっと大切なことだ。


友人とバードウォッチングへ

先日鳥を見ようと思い立ち、Amazonで購入した双眼鏡をようやく使う時がきた。
友人に誘い誘われ、野鳥図鑑を片手に森へ。

言葉は悪いが「バードウォッチング」とは、地味でおじさんの趣味で自分には縁のないものだと思っていたが、今日は鳥を見ることにワクワクしている。
自分がおじさんになったのか興味を持てばこんなにワクワクすることだったのかは定かではないが、新しいことを楽しむのはいいことだ。
山を歩いていれば鳥とは頻繁に出会い、「鶯」や「雉」「カワセミ」などは遭遇すればわかるが、小さな野鳥は関心を持ったことがなかった。

いつも聞いている鳴き声は何の鳥なのか、そんなことを考えると思わず楽しみでニヤニヤしてしまう。

Nikon MONARCH7

2018.01.30

寒い中森へと出かける

まだ花も咲いていない時期だ、おそらく野鳥観察には早いだろうと思いながらも家の近所では沢山の野鳥が居るため「森の中でも」という期待に胸が膨らむ。
林道に車をとめ片道15-6kmの散歩だ。

非常に風は冷たく、日差しの入らない谷周辺はソフトシェルを着て行動をしていても体が温まらない。
インシュレーションを着て体が冷えないように会話を楽しみながら森の奥へと進む。
4-5kmはのんびりと歩き、そこからは鳥の声や自然の音に耳を傾けながら周囲を散策する。

「ツピンツピン」と鳥の声が近くで聞こえる。
足を止めて頭上を見上げ、声の鳴く方をゆっくりと探す。
「いた!」
と中年オヤジが二人小さな声で知らせる。

遠くに鳥が枝から枝へ飛び移っては鳴いているのを見ながら双眼鏡を構える。

始めのうちは慣れない双眼鏡で、肉眼で見る場所を双眼鏡で捉えきれず鳥が去ってしまう。
そんなことを何度か繰り返すうちに双眼鏡の使い方にも慣れて、鳥を捉えれるようになってきた。


肉眼とは全く異なる双眼鏡の視界

慣れるほどに双眼鏡の中の世界に魅了されてしまう。
肉眼でかろうじて捉えきるほどの距離に居る野鳥が目の前に見える。
立体的に大きく映し出される鳥の姿や美しい模様、可愛い顔に中年オヤジ二人が「すげー」だの「綺麗」だの「可愛い」だのと、誰もいない森の中で幼少期に動物を観察しているようなはしゃぎようで楽しんでいる。

しっかりと鳥の姿を脳裏に焼き付け、図鑑を広げる。
今のは「ヒガラ」だったなと、中年オヤジ二人が嬉しそうに森の中で図鑑を見て盛り上がっている。
インドアだった時期の僕には考えられない遊びだが、想像以上に楽しい。

近くに鳥の気配がすれば「待った!」と相手の行動を制し耳を澄ませる。
僕らの前をアオバトが飛び立つ。
小さな鳴き声を頼りに木々の間をじっと見つめる。
ヤマガラがピョンと枝に現れる。


変わりゆく森の姿

歩き始めて10kmほど。
横を流れる渓谷も源流域のような美しい姿に変わり、頭上の森も樹林帯のような光景にも差し掛かったころ、目の前に広がったのは伐採されて禿げてしまったような山だった。
この森では常緑樹や巨木の数々、ブナやヒメシャラなどの美しい木々も多く、沢の水も豊富である。
そんな中に突然現れたものだから、非常にびっくりする光景だった。

そういえば数年前から工事が入ってたなと思いだし、変わった森の姿をしばし眺める。
伐採でなくとも土砂崩れで巨木がなぎ倒されていることもあれば、しばらく経てばそこが修復されて綺麗に整備されている。
そんなことを考えながら、あたりを見回すと馬酔木が増えたことに気付く。


山でカップラーメンと珈琲

山が禿げたなぁとただ森を眺めた後は、10kmは歩いたことだしそろそろ飯にしようかと、大きな落石を椅子に休憩を取る。

寒い季節に山で食うカップ麺は美味い。
先ほど禿げた山を眺めたことなど、すでに頭から消えて冷えた体を熱々のカップ麺で温める。
今日はのんびりと時間がある。
その後は珈琲を沸かし、チタンカップで美味い珈琲を飲む。

珈琲を飲みながら図鑑を広げ、眺めた鳥を思い出しては周囲の鳴き声に耳を澄ませる。
その頃には鳴き声を聞いて「さっきのやつだな」とお互いが分かるようになっている。


今日一番の出会い

美味い珈琲を飲みながら休憩していると、土砂被害などの見回りに来た土木業者の車と林道で出会った。
「降りるなら乗せよっか」というおじさん二人のありがたい言葉に「いえ、歩くのが好きですから」などという遠慮の言葉はなく、軽ハコの後ろに乗り込ませていただく。

釣り禁漁期間中の悪さをしている訳ではないと分かった僕らに親しみを持ったおじさんと、車中の会話が盛り上がる。

「何しよったとね?(何してたの)」

「鳥を見てました」

「だったらこん人はプロやが(だったらこの人はその道のプロだぞ)」

そんな事から、野鳥の話、釣りの話、山の話、縦走路の話と車の中は盛り上がる。
偶然にもそこは、僕が好きで長く通っている山だ。
ここ10年の土砂崩れの話や迷惑をかけた釣り人の話、どこでどんな奴がいたなど、その方々は「仕事という立場」でその森に居て、僕は「遊びという立場」でその森に居た。
「きっと何回かはすれ違ってるな」とおじさんに笑顔で言われ、非常に嬉しい気持ちがこみ上げる。
僕はこうした土木系の方々や、建築系の方々に何かとお世話になっているので素直に嬉しくなるのだ。

そんな地で森の仕事をしている方々に「森も禿げてしまって可哀想だ。最近はマナーの悪い奴が増えたから、兄ちゃん達みたいに森が好きなやつを見ると嬉しいなー」と、僕らの純粋な気持ちを喜んでくれたようで、後部座席からやさしいおじさんの頭を見て涙が出るほど嬉しく、優しい気持ちに包まれた車内だった。

そこからは、秘密の釣りのポイント、美しい鳥が出るタイミング、最近見た珍しい鳥と様々な森の秘密を僕らに教えてくれ、僕らを降ろしたあと笑顔で去って行った。


その森を守る仕事をしている人。
その土地のLOCALな尊敬すべき大先輩だ。
僕自身が遊んでいるうちに、その地の人を不快にさせることがないように改めて気を付けようと思った。

そんな方々に出会え、嬉しい言葉をかけてくれたのは「鳥を見る」という一つの初めての遊びがきっかけであり「鳥」がもたらした縁である。
またきっと大先輩方に会えるなという確信を持ち、今年はその森にもう少し出かけよう。

自然を楽しむという行為から生まれることは、きっと様々な出会いと体験を生み出す。
まるで森の中に居るような気持ちにさせてくれるBecca Stevensのアルバムを聴きながら、今日の出会いに感謝する。

田舎暮らしはとてもいいものだ。
一緒に森に出かけましょう。
ありがとうございました。

ちなみに、自宅で妻に「ヒガラなんてしょっちゅう見るやん。じいちゃん家は庭に野生のフクロウが巣を作って見てたよ」と。
まだまだ僕は未熟者だと思い知らされる。